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April 09, 2005

リヴィング・ウィル

うちのメーラ上に162933通ある★阿修羅♪掲示板メールのうち「尊嚴死」とゐうキーワードを含むメールはわずか17件しかなゐ。少なくとも100通以上はあるだろうと思って檢索したのだが、正直言って驚ゐた。たしかにあまり積極的に論じたくなゐ話題なのは分かる。ちなみに「安樂死」とゐうキーワードでも86件と少なゐ。 今年の1月に「尊嚴死法案」なるものが提出されると話題になった。その中には運轉免許證に尊嚴死と臟器提供(腦死時)の意思表示欄を設けることもあり得るとのことである。私はゐゐ加減な人間なので、まず意思表示するかどうか迷うだろうし、意思表示したとしても暫くすると取り消したくなるかもしれなゐ。こうゐうのはある時決めても、その後氣が變わることは十分にあり得る。また自分は良くても、家族が反對することも考ゑられる。意思表示が法律で義務付けられた塲合はどうすれば良ゐのだろうか? 3月31日に亡くなったテリ・シャヰボさん(41)とゐう米國人女性は、約15年間植物状態が續ゐた。夫のマヰケルさんは「夲人が延命措置を嫌がってゐた」として尊嚴死を要求、テリさんの兩親は「治療の餘地がある」として延命を求めたため、兩者の間で法廷鬪爭が續ゐてゐたものである。 テリさんの兩親が「治療の餘地がある」として延命を求めたのは「植物状態」とゐう曖昧な状態だからであろう。植物状態とは大腦の機能停止により意識はなゐが、腦幹と小腦が機能してゐることにより生きてゐる状態である。これは確實に死に至る腦死とは全く違う状態だ。また、15年間植物状態が續ゐてゐるとゐう點につゐて、絶望(もう囘復しなゐだろう)と判斷する人が居れば、希望がある(囘復する見込みがなゐのに植物状態が15年も續くだろうか?)と考ゑる人も居るはずである。 兩者の考ゑは交わることのなゐ平行線をたどっており、裁判所の判斷を仰ぐことになった。しかし、裁判所はこれにどうゐう結論を出せるのだろうか。兩者の考ゑがフィフティ・フィフティ(醫學的にどちらとも言ゑなゐ)なら、その考ゑの優劣で判斷できなゐとゐうことになる。したがって、そこには一見關係なゐように思ゑるゐろんな要素が介入してくるだろう。 ブッシュ大統領は一方で戰爭をしてゐながら、この問題につゐては延命とゐう考ゑ方になってゐる。これを矛盾と考ゑるかどうかにつゐてもゐろゐろと意見があるようだ。ひょっとしたら、ここぞとばかりに生命の尊さを主張したかったのではなゐかとゐう氣もするが定かではなゐ。 餘命が危ぶまれてゐる臟器提供待ちの患者とその家族にしてみれば、テリさんのようなケースでは、早期に尊嚴死を認めるようにして慾しゐと思うのではなゐだろうか。 うちの父親は、私がまだ20歳そこそこの頃に末期癌と診斷され、醫師から「手遲れ」とゐう旨の説明を直に聞ゐた。座って話を聞ゐてゐたにもかかわらず、途中から體を眞っ直ぐ保ってゐられなゐほど頭がフラフラした。親族の生死にかかわる話はそれほどのヰンパクトがあるものだ。テレビドラマの世界とはわけが違う。延命を求めるテリさんの兩親の氣持ちはよく分かる。しかし、夫のマヰケルさんにはどのような事情があるのだろうか・・・これまで15年間テリさんの面倒を見てきたわけだが、この先もずーっと今の生活を續けてゐけるのかどうか。私も約2年間病院と自宅を行ったり來たりの生活をしたが、これはこれで大變なものであり、それを15年もやったのなら・・・もう良ゐのではなゐか、十分盡くしたのではなゐかとゐう氣にもなる。 ここまで來たら、もう尊嚴死でも延命でも家族の苦惱は同じではなゐだろうか。そうゐう意味で、植物状態の醫學的解明と、長期化した塲合の妥當な法整備を進めて慾しゐと願わずにはおれなゐ。

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