« June 2005 | Main | August 2005 »

July 31, 2005

ゴング星人

ソフト・マシーン(Soft Machine)の創始者デヴィッド・アレン(Daevid Allen)がビザの関係でイギリスに再入国出来なくなり、フランスに残って結成したのがゴング(Gong)である・・・と書き始めてみたものの、ココログを「ゴング」で検索してみたら、ロックバンドのゴングについて書いているのは私だけだった。たくさん引っかかってくるが、そのほとんどはプロレスねたではないか・・・もちろん、ゴングのファン全員がブログやホームページをやっているわけではないのだから、別に落胆することではない。ただ、実生活上でも彼らのファンに出くわしたことはほとんど無いのである。こんなに有名で実力のあるロック・バンドの知名度が日本で低いのは、なぜなんだろうか。それとも自分の感覚の方がおかしいのか。

最近になって、ふと考えるのは・・・アーティストの知名度とかセールスというのはビジネスの規模に比例しているということだ。それすなわち、関わる人の多さに比例するということである。ゴングのようなヒッピー系のミュージシャンが有名になったとして、その次に何が起きるのか。きっと、次のアルバムはまだか、作曲やリハーサルは進んでいるのか、コンサートはどうするのか、プロモーションは制作したのか、テレビ出演はいつやるのか、新聞や雑誌の取材はどう対応するのか・・・そんな周囲のアクセスに毎日翻弄されることだろう。そういうことに上手く対応出来れば、ビジネス規模はどんどん大きくなっていき、どんどん有名になれるだろうし、対応出来なければ、いくら実力のあるミュージシャンであっても有名にはなれない気がするのである。そして彼らはそんな音楽ビジネスに乗っかって、有名になり、稼ごうとするようなミュージシャンではなかったという気もする。

そんなゴングは、無名ミュージシャンの発掘で成功するヴァージン・レコードに見出され、徐々に有名になっていくが、それでも彼らの音楽のポリシーは変わらなかったように思う。なにしろリーダのデヴィッド・アレンは「永遠のヒッピー」と呼ぶに相応しい人物で、有名になって、良い家に住んで、良い車に乗って、良いものを食べて・・・なんていう生活を欲しがるような人物ではなかった。それは彼らの独創的で奇想天外で、ちょっぴりエロチックな音楽によく表れていると思う。そもそも、ただ売れたいだけなら、そんな音楽をやる必要は無いのだ。つまり、自分ないしは自分たちのエゴを貫きたかったのだと思う。しかし、そんな彼らも『エンジェルズ・エッグ(Angel's Egg)』あたりのアルバムになると、ジョルジオ・ゴメルスキ(Giorgio Gomelsky)が制作に関わるようになって、どんどん洗練されていく。

最初に目に付いたのは、やはりラジオ・ノーム・インヴィジブル(Radio Gnome Invisible)三部作だ。ただ当時のレコード屋でよく見かけたのは『エンジェルズ・エッグ』と『ユー(You)』の2作で、1作目の『フライング・ティーポット(Flying Teapot)』はほとんど置かれていなかった記憶がある。発売元が違っていたからかもしれない。当時他によく見かけたのは『Live』、『Expresso II』、『追い風(Downwind)』の3枚くらいだった。どれを最初に聴くか迷ったが、結局『エンジェルズ・エッグ』を選んだ。すでに彼らのサウンドは、レコードジャケットからある程度想像出来ていたが、実際に聴いてみて想像したとおりだったのに驚いた。ティム・ブレイク(Tim Blake)の非常に分厚いシンセサイザーの音と、ギリ・スミス(Gilli Smyth)の妖艶なスペースウィスパー・・・これだけなら「う~ん、スペーシー!」と思えば良かったのだが、そこにディディエ・マレルブ(Didier Malherbe)のサックスが絡んできて「うっ、これは一筋縄ではいかないな」と慌てて思い直した。

彼らのサウンドの特徴は、デヴィッド・アレンとギリ・スミスの独創的なヴォーカル&ウィスパー、スティーヴ・ヒレッジ(Steve Hillage)とティム・ブレイクのエレクトリック・サウンド、マイク・ハウレット(Mike Howlett)とピエール・モーラン(Pierre Moerlen)の強靭なリズムセクション、さらに不思議と彼らのエレクトリックサウンドに上手く溶け込むディディエ・マレルブのサックス&フルートが絡み合う、スペーシーなジャズ・ロックといったところか。おそらく初めて聴いた人は、この愉快で奇想天外なサウンドを凄い演奏テクニックでバシッと決めていることに驚くだろう。

その素晴らしい演奏は『ユー』の「創造主(Master builder)」という曲で完成し、以後アレン&スミスが脱退してしまう。きっと『ユー』というアルバムは、アレンの音楽世界と他のメンバの強力な演奏能力の鬩ぎ合いの中で生まれたのだと思われる。それゆえにラジオ・ノーム・インヴィジブルの完結とともに、一気に煮詰まってしまったのではないかという気もする。アレン&スミス脱退後は、ヒレッジ、ブレイク、ハウレットが離脱していき、ピエール・モーランを中心としたドラムス&パーカッションが活躍する、クロスオーバーサウンドを追求するバンドに生まれ変わっている。「アレンが居なければ、ゴングではない」というファンも居るとは思うが、個人的にはピエール・モーランズ・ゴングも好きでよく聴いている。

名ドラマー、ピエール・モーランが亡くなりました。心よりご冥福をお祈りいたします。

| | Comments (0) | TrackBack (2)

軟らかい機械

1年間カタログ集めしていろいろと調査した挙句、高校1年の正月にやっとオーディオ環境を手に入れた。実はその3ヶ月くらい前からフライングでLPを買い始めていたのだが(笑)。すでにご紹介している通り、最初に買ったLPは『ジェネシス・ライヴ(Genesis Live)』だったが、最初のうちはライナーを読みたかったので邦盤ばかり買っていた。レコード屋に行っても、いつも邦盤コーナを物色していた。一度レコード屋に入ると2時間くらいは出てこないので、一緒に行った友人をいつも閉口させていたものだ。次第に友人と連れ立ってレコード屋に行くことは無くなり、独り黙々と自分が聴きたいレコードを探し回っていた。今にして思うと、当時は他の客との駆け引きもあったと思う。なにせ当時はまだ通販なんて便利なものは無かったし、欲しいレコードは山ほどあって、それを懐具合と相談しながら自分が聴きたい順に手に入れていきたいわけで、買うのを見送ったレコードはひょっとしたら他の客に買われてしまって、そのまま廃盤になり、二度と手に入らないかもしれないという危機感さえあった。現にそうやって見送ったレコードでいまだに手に入らないものもある。

というわけで、手に入れたいレコードを邦盤から探し出すのに限界を感じ始めた頃、ふと輸入盤コーナを覗いて見つけたのが、ソフト・マシーン(Soft Machine)のサードアルバムだった。価格もお手頃だったので迷わず買ったのだが、自宅に戻って開封した途端、ひっくり返ってしまった(笑)。2枚組のLPで4曲しか入っていない・・・つまり全曲LP片面曲だ。当時既に聴きたいと思って買ってはみたものの、一聴してギャフンとなったレコードが結構あったので、急に頭の中が重苦しくなっていった。「またか・・・」と、いくら興味のあるレコードでも聴いてすぐに気に入るものは滅多に無いことを痛感し始めた時期でもあったのだ。欲しい一心で買ったレコードを自宅に持ち帰って、そういう後悔の念を感じることが多くなっていた。『クリムゾンキングの宮殿(In The Court Of The Crimson King)』『展覧会の絵(Pictures At An Exhibition)』のような、一聴してその素晴らしさが分かるレコードはホントに稀だ。

結果的には、最初から最もヘヴィなアルバムを買ってしまったわけだが、その時はまだそれが分かっていなかった。どれを聴いても最後まで曲を追うことが出来ず、そのまま眠ってしまう・・・というのがしばらく続いたので、断片的な曲のイメージいろいろと頭に残したまま放置してしまった。高校生が聴くにはちょっと高尚過ぎるのではないかと思われたのだ。ただ、何とかしてこの音楽を味わいたいという気持ちというか焦りもあった。もちろん周囲に彼らのレコードを聴いたことがある者は誰も居なかった。

そこでちょっと目先を変えて、その当時では唯一のライヴアルバムだった『Alive & Well In Paris』を買って聴いてみた。このアルバムのバンドメンバには、サードアルバムの頃のメンバが一人も居ないという状態だったが、ジョン・エサリッジ(John Etheridge)やジョン・マーシャル(John Marshall)の逞しい演奏は素直に楽しめるものだった。それと同時に、サードアルバムからこのライヴアルバムまでの間にいったい何があったのかという点で、さらに興味が湧いていった。

もともと彼らのルーツは、60年代初期のデヴィッド・アレン・トリオ(Daevid Allen Trio)まで遡る。当時のメンバはデヴィッド・アレン、ヒュー・ホッパー(Hugh Hopper)、ロバート・ワイアット(Robert Wyatt)の3人で、ウィリアム・バロウズ(William Burroughs)やテリー・ライリー(Terry Riley)とパリで仕事をしていたという。発掘された音源にはマイク・ラトリッジ(Mike Ratledge)も参加している。66年頃にはワイルド・フラワーズ(Wilde Flowers)として、ブライアン・ホッパー(Brian Hopper)、リチャード・シンクレア(Richard Sinclair)、ケヴィン・エアーズ(Kevin Ayers)等と一緒に、リズム&ブルース、ソウル、実験的なジャズを混ぜ合わせたような奇妙な演奏を行っていたらしい。68年にワイルド・フラワーズの半分がキャラヴァン(Caravan)になり、(それ以前から?)デヴィッド・アレン、マイク・ラトリッジ、ケヴィン・エアーズ、ロバート・ワイアットの4人は、ウィリアム・バロウズの小説のタイトルからソフト・マシーンを名乗るようになった。

この後続く経緯は、読んだ文献によっていろいろなので、詳細に書こうとすると不可解なことが多い。要約すると・・・ピンク・フロイド(Pink Floyd)とともにUFOクラブで演奏していた時期は、オーディエンスの反応が良くなかったので、一時フランス南部に活動の場を移している。その後イギリスに戻る際、デヴィッド・アレンが入国出来ず、3人で活動を継続することになる。前後関係がよく分からないが『Jet Propelled Photographs』というデモが存在し、これにはデヴィッド・アレンが参加していることになっている(後にアルバムとして発売される)。67年の終わりにジミ・ヘンドリクス(Jimi Hendrix)と一緒にアメリカツアーを行い、68年にファーストアルバム(『Soft Machine』)を録音する(このアルバムは70年代半ばまでリリースされなかったらしい?)。このツアーでバンドの状態はボロボロになり、ケヴィン・エアーズが脱退する。マイク・ラトリッジとロバート・ワイアットはローディをやっていたヒュー・ホッパーをメンバにし、ブライアン・ホッパーの協力も得て、69年にセカンドアルバム(『Volume II』)を制作する。この後、ジャズ路線を強め、エルトン・ディーン(Elton Dean)、リン・ドブソン(Ryn Dobson)、マーク・チャリグ(Marc Charig)、ニック・エヴァンス(Nick Evans)等のホーン奏者が相次いで参加し、70年にサードアルバム(『Third』)が完成する。

こうしてサードアルバムまで、アルバム毎にメンバがどんどん変わっていくが、この傾向はその後もずっと続く。唯一、71年の『4th』アルバムのみメンバの変動は微量だ。72年の『5th』アルバムではロバート・ワイアットが脱退してしまい、A面をエルトン・ディーンの秘蔵っ子フィル・ハワード(Phil Howard)、B面を元ニュークリアス(Nucleus)のジョン・マーシャルがドラムスを担当するという変則的な構成となった。73年の『6』ではエルトン・ディーンが脱退し、これまた元ニュークリアスのカール・ジェンキンス(Karl Jenkins)がホーン奏者として参加する。同年ヒュー・ホッパーがロイ・バビントン(Roy Babbington)と交代し、『7』ではオリジナルメンバがマイク・ラトリッジ一人だけになる。75年には超絶ギタリスト、アラン・ホールズワース(Alan Holdsworth)を迎え『収束(Bundles)』を発表したが、その後に最後のオリジナルメンバだったマイク・ラトリッジが脱退。『Alive & Well In Paris』は、元ウルフのジョン・エサリッジが参加した『Softs』の後で発表されたライヴアルバムということになる。興味深いのは『収束』発表時のメンバが、マイク・ラトリッジを除くと全て元ニュークリアスのメンバになってしまった点だろう。

さて、ソフト・マシーンのメンバの変遷を書いているうちに長くなってしまったが、結局サードアルバムはどうなったのか・・・それはソフトマシーンを中心とするファミリーツリーを辿りながら、カンタベリーのいろんなアーティストを聴いていくうちに、徐々に個々のメンバの音楽性や癖のようなものが分かるようになって、やっとあの長い曲をスルーで聴けるようになっている。また、聴き込む度に新たな発見があって、サックス、コルネット、トロンボーン、オルガン、ベース、ドラムス等の楽器の個々のメロディを夢中になって追いかけるようにもなった。

ロックファンにとって、サードアルバムの中で最初に耳に留まるのはきっと「Moon In June」であろう。理由は簡単で、唯一この曲にはホーンセクションが参加していないからだ。ロック・ミュージックにおいて、ヴォーカルと管楽器というのは相容れないものなんだろうか。また、管楽器がメイン楽器として活躍するロックバンドは、ロックファンに受け入れられ難いのだろうか?

考えてみれば、彼らの楽曲で、ホーンセクションをバックに歌っている曲はほとんど無い。皆無と言っても良いほどだ。もともとソフト・マシーンのヴォーカル担当はロバート・ワイアットとケヴィン・エアーズで、この2人の方向性は虚無的かつ楽天的であり、マイク・ラトリッジやヒュー・ホッパーとは明らかに違っていた。とくにロバート・ワイアットはドラマーとして、当時マイルス・バンドに居たジャック・デジョネットに匹敵するほどの凄いプレイを随所で見せていたが、それでもラトリッジとホッパーのジャズ路線(ホーンセクションの導入がエスカレートしてヴォーカルよりもトランペットやサックスを前面に出すという方針?)にはついて行けないということだったのかもしれない。このあたりはラトリッジの「Slightly All The Time」で素晴らしく繊細なプレイを披露しているのを考え合わせると、解せないというか残念である。

ファーストアルバムから『ランド・オブ・コカイン』までで、管楽器奏者が居ない(または使っていない)のはファーストアルバムだけだ。ただ、ホーンセクションと呼べるような構成で管楽器を導入していたのはサードアルバムと次の『4th』だけである。『5th』以降のアルバムではサックス奏者がかろうじて1名だけ居るという構成が続く。カール・ジェンキンスなんて、参加当初はバリトン&オーボエ奏者と思われていたのかも知れないが、マイク・ラトリッジが抜けた後はほとんど吹いていない。彼はニュークリアス時代からずっとピアニストであり、ソフト・マシーン解散後も管楽器奏者としての活動はしていない。やはりエルトン・ディーンとともに参加してきた、バリー・サマー・スクール勢(キース・ティペット一派?)であるマーク・チャリグやニック・エヴァンスが居た頃が、最も充実したバンド構成だったと思われる。

サードアルバムを聴きこなそうとあがいていた頃に、マイルス・デイヴィス(Miles Davis)、ジョン・コルトレーン(John Coltrane)、オーネット・コールマン(Ornette Coleman)のアルバムをいくつか買って聴いた。そして彼らのジャズを聴いて、ソフト・マシーンのメンバがいったい何をやりたかったのか、だいたい分かったような気がした。当時の彼らの音楽は50年代モードジャズに対する憧憬であり、それを「自分たちならこうやってもっと刺激的に演奏する」というのを見せ付けたかったのではないか。あるいは、ジャズの巨人たちが歩んできた道の一つ一つをまとめ上げたかったのかもしれない。現にソフト・マシーンの音楽には、50年代ジャズへのノスタルジー、ビッグ・バンド、モード、アヴァンギャルド、インプロヴィゼーション、ロック、サイケデリック、ダダイズム、ヒッピー・カルチャー、ミニマル・ミュージックなどの要素が混然一体となって入り込んでいる。

サードアルバム発表後の彼らは徐々に洗練されていくが、その過程で凄いライヴを行っている。それが『BBC Radio One Live In Concert Vol.1』に収められている。彼らのライヴ音源は、CD時代になってからたくさん発掘されているが、絶好調でかつ音質が良いのは、71年頃の演奏を収録したこのアルバムだけだと思う。しかし・・・初めてのアメリカ公演で見た本場のジャズへの興奮が、ここまで持続していたのかという点に驚かされる。ラストで演奏している『4th』の1曲目「Teeth」には、なんとロニー・スコット・クラブの主宰者ロニー・スコット(Ronnie Scott)が参加している。

『5th』以降、洗練の一途を辿る中で、前述したようにニュークリアスのメンバがどんどん参加し、『収束』の頃にはマイク・ラトリッジを除いた4名が元ニュークリアスのメンバになった。その中の一人がアラン・ホールズワースだったということだけが、なぜか非常に有名である。不思議なのは、もうサードアルバムで全てを成し遂げたはずの彼らが、なぜ以降もバンドを継続したのか・・・である。やっぱりソフト・マシーンという大樹を生かしておかないと、シーン全体を壊してしまうという危機感があったのだろうか。偶然かもしれないが、カンタベリーの主要な活動が続いた81年まで、ソフト・マシーンは生き続け、解散を見届けたジョン・マーシャルは再び古巣のニュークリアスに戻っている。最近ではソフト・ワークス(Soft Works)とか、ポリ・ソフト(Poly Soft)とか、ソフト・マシーン・レガシー(Soft Machine Legacy)とか・・・そういった形で70年代のソフト・マシーンが受け継がれている。

| | Comments (4) | TrackBack (3)

July 27, 2005

今月買ったCD(05年7月)

今月も長年欲しがっていたCDが手に入りました!(ジャケット画像は週末に貼り付けます)

■Atlantic Bridge
ジャケットの雰囲気からして、またマイク・ウェストブルック(Mike Westbrook)がらみのアルバムかな?と思っていたのですが・・・全然違っていました(笑)。ビートルズ(Beatles)の「サムシング(Something)」や「ディア・プルデンス(Dear Prudence)」をカバーしています。といっても、原曲が頭の中で自然に鳴るほど聴き慣れていないと分からないくらい、完全に消化しきっているという感じです。ピアノのマイク・マクナウト(Mike McNaught)と、サックス&フルートのジム・フィリップ(Jim Philip)が作り出す雰囲気の中を、ベースのダリル・ランズウィック(Daryl Runswick)と、後にギルガメッシュ(Gilgamesh)に参加するドラムスのマイク・トラヴィス(Mike Travis)が奔放なプレイを展開する70年当時の典型的なブリティッシュ・ジャズですね。70年作。

■Vimana / Nova
『パレポリ(Palepoli)』を発表したオザンナ(Osanna)が、イギリス進出を目指したウーノ(Uno)と、そうじゃないチッタ・フロンターレ(Citta Frontale)に分裂し、ウーノとチェルヴェッロ(Cervello)の主要メンバがイギリスに渡って結成したのがノヴァ(Nova)である。ファーストアルバムは輸入盤を買ったらビニールマジックで、あんまり音が良くなかったが、このセカンドアルバムは邦盤なので?音が良いようだ。プロデューサがロビン・ラムレイ(Robin Lumley)で、ベースがパーシー・ジョーンズ(Percy Jones)とくれば、誰が聴いたってブランドX(Brand X)にしか聴こえないだろうと思ったのだが、案の定そのとおりだった(笑)。おまけにフィル・コリンズ(Phil Collins)までパーカッションで参加している。中にはコラード・ルスティッチ(Corrado Rustici)とレナト・ロゼット(Renato Rosset)のイタリア勢によるデュオ演奏もあるが、あまりイタリアンな味は感じられない。76年作。

■Fairyport / Wigwam
このバンドのアルバムは私がプログレを聴き始めて以来、ずーっと気にしていて、やっと手に入れた・・・という感じです。ちょっと前にペッカ・ポージョラ(Pekka Pohjola)のソロアルバムを聴いて、その自由奔放さに呆れてしまったのですが、このアルバムにも彼の我侭ぶりがよく出ていると思います。このバンドの当初のイメージは、フィンランド産のポップなプログレバンドだったのですが、実際に聴いてみると全然違っていました。そして、ふと思ったんですが・・・これってモロにジャズ・ロックです(笑)。今更という感じですが、きっとプログレッシヴ・ロックという看板は、ジャズあるいはジャズ・ロックという形態を隠蔽するためのものだったのでしょう。だって、当時、ジャズっぽい演奏を得意とするフィンランドのロック・バンドです、と紹介してレコードセールスを期待できるとは思えませんもの・・・そうは思えませんか?71年作。

■Nice To Meet Miss Christine / Chris Harwood
クリス・ハーウッドという女性ヴォーカリストのアルバムですが、リンダ・ホイル(Linda Hoyle)同様、バックでブリティッシュ・ジャズ系の凄いミュージシャンが演奏しています。私がその演奏を想像できる範疇では、元イエス(Yes)のピーター・バンクス(Peter Banks)や元キング・クリムゾン(King Crimson)のイアン・マクドナルド(Ian McDonald)くらいかな・・・名前だけなら他にも知っているミュージシャンが居ます。かなりレアなアルバムのようですが、安心して聴けるタイプのアルバムだと思います。70年作。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

臺風のおかげで?

今日は何となく良ゐ感じの1日でした。ゐつもならまだこの時間は會社で「もがゐてゐる」のに、珍しくその日のうちに歸宅出來たし、常にバクバクだった心臟も今は少し落ち着ゐてゐます。22時過ぎに乘った歸りの電車も妙に空ゐてゐました。夕方にも關東を臺風が通過するとゐう情報に過剩反應したのですね(笑)。

まあ、たまにこんな日があれば良ゐなぁと思ゐます。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

July 25, 2005

驚異のロック・トリオ

・・・と言えば、やはりエマーソン・レイク&パーマー(Emerson Lake & Palmer)ですね。また、ナイス(Nice)のキース・エマーソン(Keith Emerson)、キング・クリムゾン(King Crimson)のグレック・レイク(Greg Lake)、アトミック・ルースター(Atomic Rooster)のカール・パーマー(Carl Palmer)が参集したスーパー・バンドでもあるのです。

たしか一番最初に聴いた曲が「恐怖の頭脳改革(Brain Salad Surgery)」で・・・なんじゃこりゃ!って感じた記憶があります。タイトル通り、サディスティックな風味が蔓延していますね。グレッグ・レイクって不思議な人で、独りになるとロマンチックな弾き語りばかりやっているようなイメージなんですが、バンド演奏になると、ロバート・フリップ(Robert Fripp)とかキース・エマーソンとかゲイリー・ムーア(Gary Moore)とか・・・そういったアクの強いミュージシャンとの共演が多くて興味深いです。ひょっとしたら制作サイドの意向でそうなっているのかもしれません。「恐怖の頭脳改革」でも、いつもの叙情的な・・・とは言い難いような声を張り上げて歌っています。きっと、グレッグ・レイクのファンとしては「エピタフ(Epitaph)」とか「石をとれ!(Take A Pebble!)」みたいな曲を永遠に歌い続けて欲しいなんていう願望があるのではないかと思うんですけどね(笑)。最初に聴いてしばらくは、EL&Pというと「恐怖の頭脳改革」というイメージがこびり付いていました。

その後、同じく何かのFM番組で「悪の教典#9第一印象パートI(Karn Evil 9 1st Impression Part I)」を聴いて、彼らに対するイメージが少し変わりました。キース・エマーソンが歌っているのでは?という噂がある曲です。これを聴いて、たしかに驚異のロックトリオという言われるだけのことはあるな・・・と思いました。当時はビートルズ以外の凄いバンドを求めて、ディープ・パープル(Deep Purple)、レッド・ツェッペリン(Led Zeppelin)、クイーン(Queen)、キッス(Kiss)、エアロスミス(Aerosmith)などを聴きまくっていた、74年頃のことです。今にして思えば、人生の中で最も多感な時期ですね。しばらくして、高校の先輩から『恐怖の頭脳改革』のダビングテープを借りました。まず「聖地エルサレム(Jerusalem)」の雄大さや「トッカータ(Toccata)」の大胆さに耳を奪われますが、これらの曲が「悪の教典#9」のような大曲と並んでいても、遜色ないインパクトを持っていることに驚かされます。

『恐怖の頭脳改革』だけでかなり長い間満足した後、『展覧会の絵(Pictures At An Exhibition)』を聴きました。LPだったので例のごとく、家族が寝静まった夜中にテープへのダビングを兼ねて針を落としたのですが・・・気付いたときには19分のA面を聴き終わっていました。喉がカラカラに渇いて唾が飲み込めないまま、彼らの圧倒的な演奏と音楽への執念に呆然としていたのです。これはもう原作がムソルグスキーのクラシックだとか、それをロックバンドが演奏したとか、そういったことが非常に些細なことに思えるほど素晴らしいものだと思います。しかも、熱狂的なライヴ録音だったというのにも度肝を抜かれました。

次の興味はやはり3枚組のライヴ盤『レディーズ&ジェントルメン(Ladies And Gentlemen)』でした。とにかく『展覧会の絵』の衝撃が頭に残った状態で聴きたかったので。そして同様に打ちのめされた記憶があります。『恐怖の頭脳改革』後のライヴから選曲されたということで、ほとんどの曲を網羅していました。「悪の教典#9」は何とLP1枚分のスペースを使って収録しています。いずれもオリジナル曲と同等かそれ以上のパフォーマンスであり、しかもそれが100分を超えるヴォリュームになっていて、当時の彼らの勢いが如何に凄まじいものだったかを想像させてくれます。

彼らの凄いところは、オーバーグラウンドで堂々とロックの既成概念を打ち破り、その圧倒的なパフォーマンスを多くの聴衆にまざまざと見せ付けたという点でしょう。ただ、70年代後半には「展覧会の絵」におけるオーケストラとの共演にこだわって、商業的に上手く行かず勢いを無くしてしまうのですが・・・もう少しアカデミックな路線を行ったら成功したのではないかという気もしました。3人で演奏した当初の演奏が凄過ぎて、それを上回るものを期待されても無理だったわけです。結局彼らの最高点は、H.R.ギガーのジャケットアートとピート・シンフィールド(Pete Sinfield)の作詞協力を得た『恐怖の頭脳改革』であり、その後は自身のオリジナリティをどんどん見失っていったと思います。そこですべてを出し切ってしまったということだったんですかね。

| | Comments (6) | TrackBack (1)

July 24, 2005

土日くらゐは・・・

仕事のことをすっかり忘れて好きなことをしたゐなぁーって思うんですが、なかなかそうゐうわけにもゐかなゐようです。

土日に仕事のことをすっかり忘れてしまうと、月曜日になかなかスタートがかかりません。憂鬱ですが、日曜日の夜には思ゐ出さなゐとゐけなゐようです。また、今まではちょっと夜更かしが過ぎたようで、それも月曜日に影響してゐるようです。金曜日や土曜日は、調子に乘って朝まで起きてゐることがよくありました。そうすると、それが後を引ゐて日曜日の夜は眠れなくなってしまうんですよね。それで月曜日に氣合が入らず、仕事に支障が出るわけです。

若かった頃はそんなこと考ゑなかったんですが、歳には勝てません。最近は2時がリミットだと自分を戒めてゐます。あ、そろそろ2時です(笑)。

記事の體裁を少し變ゑてみました。目が疲れるとゐけなゐので・・・まだ全部變更しきれてゐません。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

July 10, 2005

個人的に氣になる話(05/07/09)その5

■ホロスコープを狂わすディープ・ヰンパクト(笑)

NASAの彗星探査機ディープ・ヰンパクトがテンペル第1彗星に風穴を開ける前から、ロシアの女性占ゐ師マリナ・ベヰさんとゐう人が、衝突の衝撃によって彗星の軌道が變わり人類に大きな被害を與ゑるとして、NASAに計畫を中止するよう求める訴ゑを起こしてゐたらしゐ。占ゐに使うホロスコープ(天宮圖)が變化して仕事に支障が出るほか、人類への大きな損害も懸念されるとして、約3億ドル(約355億圓)の損害賠償を求める訴ゑを繼續してゐく。

すでに多くの記事が出てゐますね・・・ヰチャモンもここまで來ると立派なもんです(笑)。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

個人的に氣になる話(05/07/09)その4

■アノ時と同樣に起きると分かってゐた?

ロンドンでテロが起きる前日の日經新聞によれば、テロ等の危機の際に鳴らされる非常警報音が決定され、日夲全國市町村に通知されることになったそうです。どなたか、その非常警戒音がどんな音で、それが鳴ったらどうすれば良ゐかを教ゑてゐただけませんか?

| | Comments (0) | TrackBack (0)

個人的に氣になる話(05/07/09)その3

■ヱヰズを克服してどうするの?(笑)

ヱヰズって「後天性免疫不全症候羣」であって、不治の病なんですよね。それの畫期的な新藥を熊夲大の滿屋教授とゐう方が作っちゃったそうです。新藥のコードネームはAK602で、人の細胞の表面にあるCCR5とゐうタンパク質(HIVの入り口)にくっ付き、HIVが細胞の中に入り込めなくなるとゐうものなんだそうな・・・「これでもうゐくらヤっても大丈夫だぜィ!」みたゐなバカどもが増ゑなければ良ゐのですが(笑)。

ヱヰズ人工説ってゐう陰謀論がどうなったか知らなゐけど、また新しゐヤツが作られるのかな?

| | Comments (0) | TrackBack (0)

個人的に氣になる話(05/07/09)その2

■ITER(國際熱核融合實驗爐)の話

核融合とゐうと日夲人にとってはゑらく物騷な話ですが、ここで言う核融合は核融合發電のことになります。今やってゐる原子力發電が原爆をゆっくり燃やす發電だとすると、ITERは水爆をゆっくり燃やす發電とゐうことになるのでしょう。何も驚くことはありません。太陽だって1億5000萬℃の髙熱で核融合を起こし、水素をヘリウムに變ゑて光り輝ゐてゐるのですからね(笑)。物質が1億℃になるくらゐの超髙温、超髙壓を與ゑると原子から電子が剥ぎ取られ、原子核となって飛び囘るようになります(プラズマ状態)。このプラズマの密度が髙まると一定の確率で核融合(原子核と原子核の間で素粒子の組み換ゑが起きて別の原子核になる。その際に原子核の中に溜まってゐたヱネルギーが放出される)が起きるようになります。

アメリカが戰後行ってきた核實驗はこのITERに關わるものであり、みんなが反射的に想像する原水爆の實驗ではありません。まあ北朝鮮あたりなら、そうゐう實驗をするのかもしれませんが(笑)。こうゐう實驗は當然のことながら、軍隊が實施することになるので、核兵器實驗のように見ゑるのも無理はありません。氣になるのは、このITERにおゐてアメリカがその技術を獨り占めにしようとしてゐるのではなゐかと思われる點です。これは立花隆氏が『アメリカ「ITER」撤退の眞相』として書ゐてゐる記事に出てゐます。

簡單に言ゑば・・・アメリカは96年に、それまで斷固反對してきた包括的核實驗禁止條約を世界中の國に結ばせ、他の國が核實驗を行ゑなゐようにしてしまゐます。當然アメリカ自身も出來なゐのですが、52年の水爆實驗成功後、度重なる核實驗を行ゐ、水爆の爆發過程を完全に計算機の中で再現できるシミュレーション・コードを開發してしまったのです。そして、92年の最後の地下核實驗でそのコードの妥當性を最終確認しました。これでもう核爆發を起こす實驗を行う必要がなくなりました・・・とゐうことのようです。

映畫「ターミネーター3」の中で、舊式のターミネーター(シュワルツネッガー)が、損傷した水素電池を體内から取り出す塲面がありました。なんとなく、ITERの技術がそんなところに應用されることをすでに豫見してゐるわけですね(笑)。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

July 09, 2005

個人的に氣になる話(05/07/09)その1

■鳥ヰンフルヱンザ

先週に續ゐて鳥ヰンフルヱンザの話。

渡り鳥の世界的繁殖地である中國中西部青海湖で、病原性の強ゐ鳥ヰンフルヱンザウヰルスH5N1型によるガンなどの大量死が確認され、今後渡り鳥を介してH5N1型が、歐州、オセアニア、東南アジアなど廣範圍に廣がる危險性が髙まってゐるらしゐ。野生の鳥はこれらのウヰルスに抵抗力があり、感染しても發病しなゐとされてきたが、越冬する渡り鳥の間でウヰルス遺傳子の組み換ゑが起こり、感染力が強まった可能性があるとのことだ。

このウヰルスに感染すると、鷄なら20時間以内、マウスなら72時間以内に死に至ると言われてゐる。人間にも同樣の病原性があるとすれば恐ろしゐことだ。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

July 08, 2005

なんかアクセスカウンターが・・・

めちゃくちゃ調子悪いです。メンテ情報を見ると・・・たしかに最近トラブルがあったようですが、でもまだ調子は回復していません。困ったものですね(笑)。

よく見ると、アクセスカウンタのURLが変更されていたのです。おまけにパラメータも(笑)。そんな通知ってあったかなと@Niftyのメルマガを探したのですが、ありませんでした。カウンタを5個まで使えるように機能変更されたようです。普段よりもアクセスが少ないように見えたのは、これのせいだったわけで・・・ちょっとカウンタを増やしとこうかな(笑)。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

July 07, 2005

優しい巨人

ジェントル・ジャイアント(Gentle Giant)も、高校生の頃の1500円シリーズがきっかけで聴くようになったバンドだ。たしか、『ジェントル・ジャイアント』と『スリー・フレンズ(Three Friends)』が廉価で売られていて、ファースト・アルバムのジャケットを恐る恐る裏返すと、ライナーノーツを読めるようになっていた。まず目に入ったのが、彼らに触発されてイタリアでPFM(Premiata Forneria Marconi)が結成されたと書かれていたこと。まだその頃はPFMがどんなバンドなのかは知らなくて、イタリアン・プログレの凄いバンドくらいの認識だった。そんなバンドの結成を促す程のロック・ミュージックって、一体どんなものなのかというのが気になって、これは聴くしかないと聴く前からどんどん気持ちが盛り上がっていった。当時は新たに興味あるロック・バンドを見つける度に、そんな感じで盛り上がっていて、聴く前からそのサウンドを想像していた。

ファースト・アルバムの1曲目「ジャイアント(Giant)」は、キング・クリムゾン(King Crimson)の「21世紀の精神異常者(21st Century Schizoid Man)」ほどのインパクトは無いものの、彼らの決意を表明したような曲だ。この曲に漂う雰囲気でサイモン・デュプリー&ザ・ビッグ・サウンド(Simon Dupree And The Big Sound)から、ジェントル・ジャイアント結成までの経緯を感じ取ることが出来るだろう。彼らは「スタジオでもステージでも同様に炸裂する、自分たちから始まる、自分たちにしか演奏出来ないサウンドの達成」つまり、完全にオリジナルなサウンドを目論んだのである。

ジェントル・ジャイアント結成の経緯は、レコードに付いているライナーを読んだ人ならよくご存知のはず。シャルマン三兄弟が王立音楽院で作曲の学位をとったという(それだけでモノ凄いことらしい)ケリー・ミネア(Kerry Minnear)と偶然出会い、ギタリストのオーディションで唯一他の楽器のチューニングを要求したゲイリー・グリーン(Gary Green)を採用して結成に至った。ただしドラマーが決まらず、結成時点ではマーチン・スミス(Martin Smith)というセッションドラマーだった。この6人編成でファーストアルバムとセカンドアルバム『アクワイアリング・ザ・テイスト(Acquiring The Taste)』を制作している。その後サードアルバム『スリー・フレンズ』で正式ドラマー、マルコム・モルチモア(Malcolm Mortimore)を採用したが、事故により脱退。次作『オクトパス(Octpus)』で怪物ドラマー、ジョン・ウェザーズ(John Weathers)が加入し、やっと定着した。ところが、5作目『イン・ナ・グラス・ハウス(In A Glass House)』では主に管楽器を担当していたフィル・シャルマン(Phil Shulman)が脱退してしまう・・・ということで以降は、デレク・シャルマン(Derek Shulman)、レイ・シャルマン(Ray Shulman)、ケリー・ミネア、ゲイリー・グリーン、ジョン・ウェザーズの5人が不動のメンバとして活動することになる。最近になって数多く発掘されているライヴ音源のほとんどは、この5人で演奏されているものである。マーチン・スミスやマルコム・モルチモアが参加しているライヴ音源は、一度もお目にかかったことが無い。きっとブートで出回っているのだろう。

彼らの音楽は一言で言えば「玄人受けするロック・ミュージック」ということになるだろう。つまり我々のようなロックリスナーよりも、ロック・ミュージシャンにファンが多いということである。「英国一無名のロックバンド」という皮肉さえ生まれたほどだ。しかし、彼らの音楽は別にクラシックように気難しいわけではなく、よく聴いてみれば個々のメロディにしろ歌詞にしろ親しみ易いものが多い。それらが複雑なリズムや曲構成を伴うために、第一印象としてつかみ所が少ないという印象を持たれるのであろう。とくにファーストアルバムからサードアルバムまでにその傾向が強い。ジョン・ウェザーズが加入した4作目以降から、徐々に複雑な曲でありながらも洗練されたイメージになってきて、6作目『パワー・アンド・グローリー(Power And Glory)』の頃にはアメリカでも多くのファンをつかんだようだ。

彼らの演奏風景は最近発売されたDVDで見ることが出来る。おそらく、レイ・シャルマンやケリー・ミネアのマルチプレーヤーぶりには驚嘆するだろう(笑)。

| | Comments (0) | TrackBack (1)

July 05, 2005

ザ・ビートルズ・フォーエヴァー

ビートルズ(Beatles)に興味を持ったのは、カーペンターズ(Carpenters)がビートルズのカバーをやっていて、その元歌が聴きたくなったからだ。当時、たぶん小学生の頃だったと思うが、割と天邪鬼な性格だったので、ビートルズ、ビートルズって言うけど、何がそんなに良いの?くらいにしか思っていなかった。ある時、友人に「ビートルズってそんなに良いの?」って聞いたら、貸してくれたのが「ザ・ビートルズ・フォーエヴァー」というFM番組を録ったカセット・テープだった。かなりの時間を割いた特集番組で、これを聴いているうちにすっかりビートルズの虜になっていった記憶がある。ちなみに、この番組のことをWEBで検索してみたのだが・・・ひっかかって来なかった。30年近く前の番組であるが、丸ごとCDにして発売して欲しいくらいである。

とにかく中学1~2年の頃はビートルズ一色だった。FM雑誌を買ってビートルズの番組を見つけると必ずエアチェックし、寝ても覚めてもビートルズを聴いていたと思う。聴き過ぎて、頭の中でいつもビートルズが鳴っていた。こんな状態で勉強に身が入る筈も無く、学校の成績はどんどん悪くなっていった。中学3年の受験勉強の頃もビートルズを聴いたり、ラジオの深夜放送を聴いたりして、その現実逃避が心地良かった。

ビートルズの曲で最初にピクンと来たのは「ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー(Strawberry Fields Forever)」だった。もちろん、「ヘルプ(Help)」「イエスタデイ(Yesterday)」「レット・イット・ビー(Let It Be)」などの超有名曲を除いての話だ。この曲はリードオルガン(Reed Organ)のイントロで始まり、ギター×2、ベース、ドラムスというもともとのバンド構成とは違い、ヴァイオリンやチェロなどの弦楽器や管楽器を使って演奏されている。しかも、曲全体が非常に幻想的である。番組の中では、ヤードバーズの「幻の十年」に匹敵するほどのサイケデリック・ショックとインストゥルメンタル部分を持つ曲、というふうに紹介されていたと記憶している。また当時台頭してきていたヴァニラ・ファッジ(Vanilla Fudge)、クリーム(Cream)、ジェフ・ベック(Jeff Beck)、ジミ・ヘンドリックス(Jimi Hendrix)などのニューロック勢の影響もあったはずだ。

「ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー」に魅せられた中学生は、しばらく後期の曲ばかり夢中になって聴いていた。ビートルズにはホントに名曲が多いし、レパートリーの幅も広い。これも現在の趣向を裏付ける一因である。つまりレコードを買うときには、自然と彼らに無いものを持ってそうなアーティストかどうかを気にするようになったということだ。

| | Comments (2) | TrackBack (1)

July 04, 2005

最上の女性ヴォーカル

中学生になって間もない頃だったと思うが、私の洋楽好きを決定的なものにしたのはカーペンターズ(Carpenters)に間違いない。とくにレオン・ラッセルのカバーである「スーパースター(Superstar)」と「マスカレード(Masquerade)」に漂う大人の女性の色気にコロっといってしまったのだと思う。こういう、ガキにもピンと来る大人の雰囲気は日本の歌謡曲にはなかった気がする・・・しいて言えば、ちあきなおみくらいじゃなかったか。

カーペンターズの取っ掛かりというと、聴き始めた年代の関係で「イエスタデイ・ワンス・モア(Yesterday Once More)」とか「オンリー・イエスタデイ(Only Yesterday)」とか「プリーズ・ミスター・ポストマン(Please Mr. Postman)」とか「見つめあう恋(There's A Kind Of Hash)」ということになる。ただカーペンターズ通に言わせると、この頃彼らはすでに煮詰まっていたということらしい。まあ完成の域に入ったということであれば、そのまま素晴らしい音楽を続けてもらえば良いと思うのだが、供給側はそんな風に思えなかったということか。

もうずいぶん前のことになるが「知ってるつもり」という番組でカレン・カーペンター(Karen Carpenter)を取り上げていた。彼女は母親から、才能ある兄リチャード(Richard Carpenter)よりも決して前面に出てはいけない、と常に言い聞かされ続けていたらしい。その精神的苦痛は大変なもので、それが異常なプラクティスや拒食症につながったのではないかと言われている。あの素晴らしい歌声の裏にそんな話があったとは・・・番組を見ながら思わず涙が出てしまった。以来、晩年の彼らの曲は痛々しくて聴けなくなっている。

彼らが最も勢いがあったのは『ナウ・アンド・ゼン(Now And Then)』を出して、オールディーズ・メドレーを楽しそうに演奏していた頃だったんじゃないかと思う。それは日本公演のライヴを聴くとよく分かる。

一番好きな曲は何と言っても「動物と子供たちの詩(Bless The Beasts And Children)」。この曲を聴くとホントに心がなごむ。他にも名曲がいっぱいあり、健気なカレンの歌う姿を思い浮かべながら聴いている。

| | Comments (3) | TrackBack (1)

神秘の飛行船

中学生の頃にディープ・パープル(Deep Purple)と並んでよく聴いたのがレッド・ツェッペリン(Led Zeppelin)だった。たしか、『プレゼンス(Presence)』以外はすべて友人から借りて聴いた記憶がある。当時はまだオーディオを持っていなくて(持っていたのはラジカセとBCLラジオだけだった)、レコードを聴く環境が無く、カセットテープを借りて聴くことが多かった。いずれも当時最も人気のあるハード・ロック・バンドだったので、ついつい興奮してボリュームを大きくしてしまい、よく親に怒鳴られたものだった。

当時のハード・ロック・ファンには、パープル派とツェッペリン派が居た。今にして思えば、ホントに甲乙付けがたい素晴らしいロック・バンドだったのだが、中高生の頃はそんなふうに思えるわけがなく、どちらが良いのかを見極めなければ気が済まないという感じで、結論の出ないようなことをいろいろ語り合っていたと思う。有名なのは、リッチー・ブラックモア(Richie Blackmore)対ジミー・ペイジ(Jimmy Page)の構図。この2人はそれぞれバンドのメイン・プレイヤーであり、メイン・コンポーザーでもあったので、モロに比較され、常に笑いものにされていた。ときには、使用していたギターであるストラトキャスターとレスポールの比較にまで発展してしまい、ちょっと行き過ぎじゃないかって気もしたが。

彼らのアルバムで一番好きなのはやっぱりファーストかな。一般的に彼らの名盤はIIとIVということになっているが・・・IIは出来過ぎか。音のパワーといい、演奏といい、アルバムの曲構成といい、ハードロックの名盤として全く申し分ない。でもファーストが好き(笑)。

もともとレコードを買う前はIIとIVを真っ先に聴いた後『永遠の詩(The Song Remains The Same)』を聴いて、その3つだけでかなり長い間満足していたと思う。名曲「天国への階段(Stairway To Heaven)」や初期の看板曲だった「胸いっぱいの愛を(Whole Lotta Love)」は網羅していたし、ライヴではLP片面曲だった「幻惑されて(Dazed And Confused)」のスタジオバージョンが6分半ほどの短い演奏だったということで、ファーストアルバムにもあまり興味が湧かなかったというのもある。だが、しばらくしてプログレを夢中になって聴き始めると、60年代後半から70年代前半のアーティストはファーストアルバムが最も興味深いということに気が付いた。その頃にはヤードバーズ(Yardbirds)解体からツェッペリン結成の経緯や、第1期ジェフ・ベック・グループ(Jeff Beck Group)の『トゥルース(Truth)』との近似性(類似性?)などという話も見たり聞いたりしていて、当初とはかなり見方が変わっていった。

発表当初のファーストアルバムはジェフ・ベック・グループとの近似性の問題からか、イギリスではかなり冷遇されたと言われている。どちらにも「ユー・ショック・ミー(You Shock Me)」という曲が入っているし、ロバート・プラント(Robert Plant)の声はロッド・スチュワート(Rod Stuwart)に似ている?し、ジミー・ペイジとジェフ・ベックはヤードバーズで一時期ツイン・リード・ギタリストだったし(関係ある?)、ベーシストにギタリストのロン・ウッド(Ron Wood)を入れたのに対抗(?)して、ギターやオルガンも弾く器用なジョン・ポール・ジョーンズ(John Paul Jones)にベースを弾かせている・・・など。また、ジミー・ペイジがヤードバーズを解体させた張本人だと思っているファンも当時は少なくなかっただろう。

不思議と、ディープ・パープルのアルバムをすべて聴きたいとは思わないが、レッド・ツェッペリンのアルバムはあれこれ聴きたくなるのである。少なくとも『永遠の詩』までは・・・現時点で『フィジカル・グラフィティ』以外はすべてCDで買い直した。『永遠の詩』はビデオを買って見た。とにかく汗だくで演奏するジミー・ペイジが印象的だった。1ステージで2~3Kg痩せそうな気がする。どこにそれほどのエネルギーが宿っているのだろうと感心するばかりだ。

| | Comments (6) | TrackBack (2)

よく考えたら・・・

最近になって、レコードを聴き始めた頃のことを懐かしく思い出しながら、アーティスト紹介のような記事をいくつか書き始めていますが、平日はほとんど他ごとを考える余裕が無いくらい忙しいので、週末になって「さあ!」と思ってもなかなか記事を完成させられるだけの時間がとれません。ただ、よく考えたら・・・土日のうちに記事を完成させなければならないわけではないんですよね(笑)。いくつか記事を立ち上げておいて、それに日々書き加えていけば良いのではないかと思い始めました。

ということで、いくつか書きかけの記事が並ぶと思います。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

July 02, 2005

個人的に氣になる話(05/07/02)

ゑーっと、書ゐた後に氣が付ゐたんですが・・・こうゐうネタは1件ずつにした方が良ゐですね(笑)。以後、氣を付けます。

◆BSE問題

米國で昨年11月に一旦「シロ」と判定された牛を再檢査したところ、最終的に英國でBSEと確定診斷された。これにより、2003年12月以來禁止されてゐる米國産牛の輸入再開が延期される可能性がある。米國農務長官は輸入再開に影響すべきではなゐと(「米國産牛肉は安全だ。きょうの晝食も牛肉を樂しんだ」とか「食料品店に行く途中で交通事故に遭う確率の方が、店頭で買った牛肉で被害を受けるよりも髙ゐ」などと)述べてゐるようだが・・・。これにより、今年4月に輸入を再開した臺灣は再度輸入を禁止した。韓國でも米國産牛肉の輸入反對世論が盛り上がってゐる。細田官房長官の話によれば、今のところ日夲は輸入再開の方針を變ゑてゐなゐようだ。

◆鳥ヰンフルヱンザ問題

6月26日に茨城縣水海道市の採卵養鷄塲の鷄から、髙病原性鳥ヰンフルヱンザのウヰルスが發見された。發見されたのは「H5N2型」で、死者が出た「H5N1型」ではなゐが、この型なら安全と決まってゐるわけではなく。強毒性の變異種が出てくる可能性がある。また、中國でも新疆ウヰグル自治區ウルムチ近邊や青海省で鳥ヰンフルヱンザが流行しており、渡り鳥の飛行ルートに注意が必要だと言われてゐる。さらに中國では人用の藥「アマンタジン」を鷄に亂用したため、ウヰルスが耐性を持つ恐れがあるらしゐ。アマンタジンは人のヰンフルヱンザ治療に使ゑる數少なゐ抗ウヰルス藥であり、これが效かなくなる可能性がある。實際にアジアで流行してゐる鳥ヰンフルヱンザに感染した人には、このアマンタジンが效かなゐことが分かってゐるらしゐ。ベトナムではアヒルなどの家禽に對し、鳥ヰンフルヱンザ對策のワクチンを投與すると發表してゐるが・・・

◆北海道財政問題

最近、北海道財政が破綻するとゐう噂を耳にするのだが、實際にはどうなんだろうか・・・

◆個人情報漏洩問題

クレジットカード利用者情報が漏洩し、不正利用が起きてゐる問題につゐて。原因はカード會社が業務效率をあげるために、情報管理を外部委託したり、情報管理システムを他社と共有したりし始めたために、大量漏洩するリスクが髙まってゐることによるものらしゐ。情報管理者や情報管理システムのオペレーターには髙ゐモラルが求められるが、人の介入を必要とする情報管理システムを採用してゐる限り、漏洩リスクを無くすのは不可能と思われる。

◆煮ゑたぎり沸騰する地球

中國の廣範圍で洪水が起きており6月23日4時までに死者536人、行方不明者137人に達した。これにより4400萬人が被災し、經濟的損害は約2500億圓になってゐる。その他、世界中で熱波、洪水、干ばつが起き、死者が續出してゐる。日夲も空梅雨で農家が困ってゐると言うが・・・

◆太陽系の起源に迫るディープ・ヰンパクト

テンペル第一彗星に銅製の彈頭を打ち込み、彗星内部の分析を行おうとしてゐるようだ。期待する結果としては、打ち込んだ彈頭により彗星に穴が開き、そこから内部の氷が解けて構成物質が噴出する・・・とゐうことらしゐ。彈頭を打ち込むのは7月3日の豫定である。果たして上手くゐくのだろうか。

| | Comments (0) | TrackBack (2)

« June 2005 | Main | August 2005 »