« スキル把握の時期(3) | Main | パッケージ開発(2) »

July 06, 2013

スキル把握の時期(4)

書いているうちに以前にもどこかで同じようなことを書いたような氣がするが、とりあえず氣にしないことにする。

組織がスキル管理に苦勞するのと同樣に、組織に居る社員も自身が持っているスキルを氣にしている。地味に考えても、スキルに對する個人の考え方は樣々だが、自身が置かれている狀況に最も左右される。IT系の會社に居る惱めるプログラマが、業務上の理由で調理師の免許を取りたいと思うことは無い。自分がプログラマに向いていると自負しているのであれば、プログラミングスキルを向上させたいと思うのが當然だ。

自分でどういうスキルを身に付けたらよいかを分析し實行に移すのは、なかなか困難なものである。ただ單にプログラマとかシステムエンジニアという肩書きが慾しくてIT系の會社に入った人は、スキルアップよりもクビにならないよう振舞いたいだけなのかもしれない。そうでない大部分の人は眞面目にスキルアップしようと努力するが、どうすれば自分が現在擔當している仕事、自分が擔っている役割、將來の自分の姿にとって有效なスキルアップが出來るのかを考え始めると、解を見つけるのが難しくなるのである。思い付きで何かのセミナを受け、資格を取るだけでは解決するかどうか分からない。

また、肩書きが慾しいだけという不純な考えではないにしろ、どういうSEになりたいかは人それぞれ漠然としたイメージを持っている。何でも屋はダメだ。何でも出來ますというアピールは上司を不安にさせるだけである。基幹系システムが得意なSE、インフラ系システムが得意なSE、サービス系システムが得意なSE、業務コンサルが得意なSE・・・どうなるのが一番氣持ち良いか、幸せなのかは分からないが、それらを得意とするにはベースとなるスキル項目と、それらを應用するスキル項目があり、それらを上手く選擇して賢く身に付けた者が有能なSEになれる。

これは最近氣付いたことであるが、エリートになるか職人になるかの境目は、物事をどの程度深く追求すれば氣が濟むかにかかっているということだ。職人になれるほど極めてしまうと、視野が狹くなり、モノの見方や考えに客觀性が無くなっていき、他のことをバランス良く見ることが出來なくなってしまう。エリートは個々のスキルに長けてはいないが、必要な職人を集めて動かすことが出來る。あとは、自分がどちらのタイプの人閒なのかに出來るだけ早く氣付いて、それを意識しながら行動する必要があるということだ。

|

« スキル把握の時期(3) | Main | パッケージ開発(2) »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/74224/57737128

Listed below are links to weblogs that reference スキル把握の時期(4):

« スキル把握の時期(3) | Main | パッケージ開発(2) »