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July 28, 2013

リテラシーについて

リテラシーという言葉は、よくパソコン應用力の脈絡で使われるが、元々は言葉の讀み書きが出來るかどうかを表わすようだ。打合せ資料をサクサク作れない人はリテラシー不足と言われるが、これは、考えていることを文章に表現出來ないと言うと失禮なので、オブラートに包みたいときに便利な言葉かもしれない。

最近は、TVドラマなどで會社のオフィス風景が寫されると、ほとんどの机の上にパソコンがあり、みんなそれを使って仕事をしている。會社の業務がシステム化されるとイヤでもパソコンを使わざるを得ない。しかし、會社の大半の人がパソコンを使うのがイヤだとすると、會社の業務システムがどうあるべきかを檢討するのがたいへんだ。なにせ、パソコンを使って仕事をするのがイヤな人に、システムのこの部分はどうなっていれば良いかを聞いたって埒が明かない。

業務システムのSEをやっていて常に思うのは、こんなこと適當なデータベースとCSVファイルの處理方法を知っていれば、何千萬圓、場合によっては何億圓もお金を出す必要ないのに・・・ということだ。大きな會社ならデータベースの技術者を一人や二人會社に置いたって何ともない。でも、そういう體力が有り餘るような會社でも業務システムの構築はシステム屋に委託することになっている。そして、システム屋からその會社の業務知識ゼロのSEが何人もやってきて、高いお金で要件定義を開始する、というのがお決まりのパターンだ。

こういう一見して非效率なやり方は、最近流行の内部統制とかガバナンスとかによるものらしい。會社の業務システムを社員に作らせたとして、もしその社員たちが集團退職したらどうするのか、あるいは、その社員たちが昇給・昇格しないならシステム運用を止めるとか、會社の營業情報を競爭相手の會社にリークするとか、脅迫してきたらどうするのか、それらを想像したら恐ろしくて社員なんかに業務システムを任せられるはずがない。

しかし、リスクヘッジの觀點だけでシステム屋に任せておいて良いのだろうか。

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