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July 16, 2013

プログラミングの話(10)

雜談ぽく書いているうちに10囘目になってしまったが、まだプログラミングの核心に觸れるようなことは何も書いていない氣がする。

プログラミングが好きな人は、プログラムの内容を日本語で表記する、いわゆる設計書を書くのが大嫌いだ。そういう人たちはプログラムとして作るべき仕樣を確認する段階で、既にある程度プログラミング言語で考え始めているからである。しかしプログラムを書いたことがない前世代のオジサンたちは、そういう思考を經驗していないし、そんなことが出來るとは夢にも思っていない。これすなわち、プログラミングに對するトラウマのようなものではないかと思う。

プログラミング言語は、人閒が日常讀んだり書いたり話したりする日本語や英語よりはるかに簡單で制約が多い言語であると言う人は多いが、プログラミング習得の容易性はそこではない。16ビットパソコンが普及し、その上で動くコンパイラやデバガが登場すると、プログラミングを習得したい連中は四六時中それに沒頭するようになった。相手はコンピュータなので三日三晩それをやり續けても、のどが渴いたとか、休憩したいとか言わないし、文句ひとつ言わずに壞れるまでこちらの要求に應じ續ける。それは誰か外國人を相手に英會話を習得するのとは雲泥の差だ。

頭の固いオジサンたちの世代は、プログラミングというとあらかじめ何を書けばよいかを日本語で詳細に書き、次にコーディング用紙に書かれている日本語のとおりにプログラムを書き、それをカードパンチしてコンピュータに投入した。プログラムを書き閒違えるとコンパイルできない、もしくは動かないのでコーディング用紙に書いたプログラムを見直す・・・我々には想像もつかないような面倒な作業だ。しかも、そういう面倒な作業を經驗しているのならまだしも、ほとんどの人は經驗しておらず、面倒な作業という印象だけが頭にこびり付いている。

それが今ではパソコン上の便利なテキストエディタを使ってプログラムをタイプするだけで、コンピュータに投入濟みとなる。そしてコンパイルすればすぐに實行可能だ。コンパイルエラーが出てもエディタの機能でエラー箇所をすぐに開くことが出來るし、實行中のエラーはデバガで追いかければすぐに分かる。

既にオジサンたちにはついていけない世界なのかもしれない。

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