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July 29, 2013

リテラシーについて(2)

コンピュータリテラシーの問題は、なかなか解決するのがむずかしい。ちょっと考えてみても、實はプログラマでもない限り、パソコンじゃないと出來ない仕事はほとんどないからだ。どこの會社の業務でもパソコンがなかった頃は紙ベースでやっていたはずで、既にシステムに投入してしまったデータを除けばその頃に戾るだけで良い。日々の業務に限って言えば、元々紙ベースで仕事をしていた人はその方が速いと思うだろう。もし月次處理とか決算のような業務がなければ、傳票と帳簿だけで事足りるのかもしれないし、今でも零細企業や身内だけでやっている商賣などではそうしているに違いない。

よくある話として、同じシマの同僚とメールのやり取りなんてするな!という人が居る。面と向かって話せば良いではないかと。しかし、對面で話をするには相手が居なければならない。居なければ相手を待つ必要があるが、メールを打っておけばその人と意識合わせまでは出來ないにしても連絡は出來る。それと、直接話をするなら事前にあまり考えなくても良いが、メールとなるとそうはいかない。ある程度話を整理する必要がある。そこでリテラシーの問題が出てくるわけだ。

では、リテラシーを高めるにはどうすれば良いか。殘念ながらこれまで私が知っている限り、リテラシー向上硏修などというのは聞いたことがない。たとえばSEを10年もやっていればイヤでもリテラシーは向上すると思うが、そうでない人は何か別の、もっと具體的な目的のための硏修を受けて向上させていくのだろう。とにかくリテラシーを高めたければ、手當たり次第に硏修を受けたり、資格取得のために勉強し受驗したりするのが良いのかもしれない。ただし、會社組織などにリテラシーの多寡を評價する基準はないし、評價する方法もない。

むかしインタネットメールは、屆くかどうか分からない(途中で紛失するかもしれない)んだから業務に使用すべきでないと言われていたことがあった。しかし今ではどうだろう。そんな時期があったことすら知らない人たちが、每日當たり前のようにメールを書き、屆いたメールを電車の中でチェックするというのが日常化した。つまりメールは確實に相手に屆くというのが仕事上の前提になっていて、忙しい人は四六時中メールのチェックをするし、さらにはメールが屆いたら攜帶電話を鳴らす設定までしている人が居る。

電子メールがそこまでインフラとして定着すると、今度はメールの内容がどんどん陳腐化するようになった。まるでチャットのようなメールがどんどん行き交うようになったのである。むかしの郵便メールなら「オッハー!元氣?」とだけ書いて手紙を出す人など居なかったのが、電子メールではそれが當たり前のようになった。攜帶電話による電子メールの弊害である。こんなのはまるでリテラシーが無いのを宣傳しているようなものだが、本人たちはそういうことに氣付いていない。

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