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July 21, 2013

いじめ

タイトルはあえて「いじめ問題」にはしなかった。そもそも「いじめ」というものの定義が曖昧だ。定義が曖昧なものは問題が起きても原因がはっきりすることはない。

いじめが明らかに問題になるのは、いじめが激化して被害者が死亡してしまったとき、または、被害者がいじめを苦に自殺してしまったときだ。では、誰かが死ぬまで問題にならないのか?!ということになるが、結果的にはそういうことになっている。また、被害者が死亡してしまったときでさえ、關係者が取材拒否すればメディアの報道にのらないことだってある。

いじめは、誰がどう見ても異常だと思わない限り表面化しないことが多い。いじめが原因で誰かが死んでも、周圍の人に取材すると「いじめには見えなかったんですけどねえ」という類の話がほとんどだ。まあ、人が死んでいるんだから「あれは明らかにいじめだと思っていました」などと話したら、なんで注意しなかったのか?とか、なんで通報しなかったのか?などと、問われるのが當然なので誰も正直に話そうとはしないだろうし、取材する方もする方だと思う。

いじめ問題の世の中の扱いでは、被害者をこの上ないほど美化することになっている。被害者側に非があったなどとは、假に事實がそうであったとしても絶對に誰も言わないし、報道もされない。まして、いじめの原因などどうでも良いし、誰も追求もしない。下手に原因を探って誰も期待しない事實が判明するよりも、常に被害者は何の問題もなし、100%加害者が惡い・・・ということになっている。

これで良いのだろうか。

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