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August 11, 2013

モバイルってそんなに気持ち良いか?

通勤途上でスマホを見たりイジったりしている人は多い。ゲームをやっている人、音樂を聞いている人、メールをやっている人、その他の通信系アプリを使っている人・・・さまざまである。たいていの人は覗き込んでも讀めないくらい小さな文字表示にしているので、暇さえあればスマホの畫面を見ている若い人は、將來若年性老眼になるのではないかと思うし、ただでさえ寢不足なのに加えて、始業前に目を痛めつけるのは良くないのではないかと思うが、當人たちにしてみれば餘計なお世話なのだろう。

いつ頃から始まったか覺えていないが、2000年になるちょっと前くらいから、ノートPCに攜帶をつないで會社のネットワークにログインしメールの讀み書きをするのが流行りだしていた。私はそれまでメールはUNIXマシン上でしかやったことがなかったので、最初はその仕組みがよく分からなかったが、周圍では既にそれが主流であるかのようにやっていたので、何となく自分だけ時代から取り殘されてしまったような氣分になった記憶がある。長く客先に常駐しているとそんな目に遭うものだ。

そういったモバイル環境が充實し自分にもそのお鉢が囘ってくるようになると、ワーキングタイムとプライベートタイムの境界が曖昧になり、體調不良で會社を休んだのに家で仕事をしていたり、會社で殘業していても「殘りは家でも出來るからさっさと歸ろう」と考えたり、これなら在宅勤務も可能なのにどうしてそうならないのか疑問を感じたり、妙なことがいろいろと起きるようになった。つまり、モバイルはサラリーマンの感覺を狂わせるのである。

ポケベルを含め攜帶電話がなかった頃は、何か急用が發生しても會社に居なければ連絡することは出來なかった。そのために自宅の電話番號を緊急連絡先として管理してはいるものの、そんなものは使われたためしがなかった。攜帶電話が普及して世の中の動きが多少速くなったような氣がする。用があれば攜帶に電話したりメールしたり出來るんだからアフターファイブに安心して酒を飮めると喜んだ管理職は多いかもしれない。また既に以前からPUSHメールと言って、會社のメアドにメールが屆くと攜帶に轉送することも出來るようになっている。

こうして世の中は電波が屆くところに居る限り、どんどん仕事が追いかけて來るようになったが、プライベートタイムに攜帶に連絡をもらって大助かりしたことはほとんどない。おそらく大部分の人がそうだろうと思う。攜帶がなかった頃なら、土日に何か事件が發生しても會社に連絡するのは月曜日で良かったし、それで問題になることもなかった。休みの日に氣を利かして電話をすると「それって今連絡しないといけなかった?」と言われることがある。要するに攜帶電話は持ってるけど、いつでも電話してくれて良いよという人が居れば、急用でもないのにイチイチ電話してくるな!と怒る人も居るということだ。それにしても、連絡の内容が今すぐ必要かどうかなんて受ける側にしか分からないことなのに、今じゃなくても良かったというのは理不盡じゃないだろうか。

便利が仇になることが多い。攜帶に電話しない神に祟りなし・・・か。

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